通勤途中で自動車事故に遭うと、労災保険の「通勤災害」に該当し、保険給付が受けられます。しかし自動車事故では、加害者が加入している任意保険(自賠責保険を含む自動車保険)から補償を受けられるケースもあります。
この記事では、「労災保険と任意保険のどちらを使えばよいのか」「労災保険と任意保険の併用はできるのか」といった疑問について詳しく解説します。通勤途中の自動車事故で労災保険を使う際の注意点もまとめますので、ぜひ参考にしてください。
Contents
通勤途中の自動車事故で使える保険
通勤途中の自動車事故で使える保険は、主に2つあります。
- 労災保険
- 任意保険(自賠責保険を含む自動車保険)
ここでは、それぞれの保険の概要をまとめます。
労災保険
「労災保険」は、労働者が業務中や通勤中にケガや病気をした際に、保険給付により損害を補償する国の制度です。
業務を原因とする災害は「業務災害」、通勤中に発生した災害は「通勤災害」と呼び分けます。給付の名称も、業務災害では「療養補償給付」のように「補償」という文言が入るのに対し、通勤災害では「療養給付」のように「補償」が入りません。
通勤中の自動車事故は「通勤災害」に該当し、労災保険から以下のような給付が受けられます。
給付の種類 | 詳細 |
療養給付 | 療養にかかった費用を支給 |
休業給付 | 療養のために休業した際に、4日目から1日につき給付基礎日額の60%を支給
(特別支給金として給付基礎日額の20%が加算される) |
傷病給付 | 療養開始後1年6ヵ月が経過して傷病が治らず、傷病等級表に定める傷病等級に該当しその状態が継続している場合に支給 |
障害給付 | 傷病が治癒した後に身体に一定の障害が残った場合に支給 |
介護給付 | 一定の障害の状態にあり現に介護を受けている場合に月単位で支給 |
遺族給付 | 労働者が死亡した際に遺族に「遺族年金」または「遺族一時金」を支給 |
葬祭給付 | 労働者が死亡した際に葬祭を行う者に支給 |
任意保険(自賠責保険を含む自動車保険)
通勤途中の自動車事故では、加害者が加入している自動車保険を使えるケースもあります。自動車保険には、加入が義務付けられている「自賠責保険」と、自賠責保険の不足分を補う「任意保険」があり、損害に応じて補償が受けられます。
任意保険は加入の有無、加入している保険会社により補償内容が異なりますが、「強制保険」とも呼ばれる自賠責保険の補償内容は、法律で以下のように定められています。
損害の種類 | 支払いの対象 | 限度額 |
傷害 | 治療関係費・文書料・休業損害・慰謝料 | 被害者1名につき最高120万円 |
後遺障害 | 逸失利益・慰謝料等 | 被害者1名につき最高3,000万円
(※常時介護の場合4,000万円) |
死亡 | 葬儀費・逸失利益・慰謝料 | 被害者1名につき最高3,000万円 |
自賠責保険は、対人賠償を補償する強制保険で、補償範囲は限られています。不足分を自分の資産から払うリスクを避けるため、多くのドライバーは補償範囲の広い任意保険にも加入しています。
労災保険と任意保険はどちらを使えばよい?
通勤途中の自動車事故で、労災保険・自賠責保険・任意保険のどれを使えばよいか迷う方も少なくありません。
実際は、労災保険と自動車保険の間に、優先関係はありません。しかし、職場の担当者から「相手が任意保険に入っているのなら労災保険を使う必要はない」という内容の指示を受けるケースもあるようです。
ここでは、通勤途中の自動車事故で、労災保険と任意保険のどちらを使えばよいか解説します。
どちらを優先させるかは被災労働者が決める
労災保険と任意保険に優先関係はなく、どちらを使うかは被災労働者が決定します。
労災保険は厚生労働省、自賠責保険は国土交通省が管轄していて、いずれの保険金も国から出されることになります。どちらの保険を先に使うべきかの規定はありませんが、政府内では、交通事故で自賠責保険適用を優先させたいようです。
また、できるだけ労災保険を使いたくないと考える会社も多く、担当者に「任意保険を使って処理してください」と指示される場合があります。
ただし、労災保険と任意保険(自賠責保険を含む自動車保険)は、給付内容がまったく同じでないため、事故の性質や損害の大きさに応じて使い分けることが大切です。
そこで、周囲の指示に従うのではなく、被災労働者自身が納得した上で、どちらを優先させるか決定するようにしましょう。
二重取りはできないが併用は可能
労災保険と自賠責保険には、重複する補償事項があり、どちらも国から出る保険金であることから、二重取りはできません。任意保険に請求する場合も、すでに支払われた補償事項は控除されます。
しかし、重複しない補償事項もあり、この場合は別途請求して受け取ることが可能です。
例えば、労災保険の「休業特別支給金」は、労災独自の補償で、ほかの保険から控除されることはありません。そこで、任意保険を使った場合も、労災保険から「休業特別支給金」である給付基礎日額の20%を別途請求できます。
また、労災保険にはない「慰謝料」を、自賠責保険に請求することも可能です。ただし、自賠責保険では補償限度額が定められているため注意しましょう。
基本的には「自賠先行」
労災保険と任意保険のどちらを先に受けるかは、被災労働者が自由に選べますが、厚生労働省では自賠責保険からの保険金支払いを先に受ける「自賠先行」をすすめています。
自賠責保険では、「仮渡金」の制度を使うと、損害賠償額の支払いが速やかに行われるため、すぐにお金が必要な場合にメリットを感じる方もいるでしょう。
また休業の際は、労災保険の「休業給付」で給付基礎日額の60%(+休業特別支給金20%)が支給されるのに対し、自賠責保険では、休業損害が原則100%てん補されます。加えて「休業特別支給金」の20%が別途請求でき、休業損害については自賠先行にメリットがあるといえるでしょう。
労災保険の給付を先に受けるほうがよい場合
「自賠先行」の考えはあるものの、労災保険の給付を先に受けるほうがよい場合もあります。
例えば、被災労働者に過失がある場合、過失の割合が7割を超えるケースでは「重過失減額」が行われるため、注意が必要です。これに対して労災保険には過失による減額がなく、休業の際には「休業給付」と「休業特別支給金」を合わせて、給付基礎日額の80%が日数分支給されます。
また、治療が長引く場合は、治療だけで自賠責保険の限度額である120万円(傷害)に達したり、任意保険の保険会社から治療費の支払いを打ち切られたりするリスクがあります。
労災保険では、治癒するまで支給されるため、打ち切りの心配はありません。
一人親方で労災保険に特別加入していない場合は任意保険
一人親方の場合、労働基準法が定める「労働者」に該当しないため、労災保険の対象外です。特別加入制度がありますが、活用していない場合は任意保険を使うことになります。
ただし、前述のように被災労働者の過失割合が7割を超えたり、治療が長引いたりするようなケースでは、労災保険を先行させた方がよいといえます。また、加害者が任意保険に加入していない場合など、対人補償額が不十分なケースもあり、損害の大きさによってはトラブルに発展することもあり注意が必要です。
そこで一人親方の場合は、「一人親方団体労災センター」など特別加入団体を通して、労災保険に特別加入しておくことをおすすめします。
通勤途中の自動車事故で労災保険を使う際の注意点
労災保険と任意保険では、労災保険を先に使う方がよいケースも少なくありません。どちらを先に使うかは、両者のメリット・デメリットをよく考えた上で、被災労働者自ら決定するようにしましょう。
仮に、会社が労災申請に対して協力的でない場合でも、事業主の証明欄を空欄にし、その旨を伝えることで労災申請の手続きを進められます。
最後に、通勤途中の自動車事故で労災保険を使う際の注意点をまとめます。
そもそも労災認定が下りない場合もある
通勤途中でも、仕事や通勤と関係のない目的で、合理的な経路を逸れる場合は、「逸脱」「中断」とみなされ、労災保険法が規定する通勤に該当しません。
例えば、「仕事帰りに映画館に寄って映画を見た」「友人と飲食店でお酒を飲んだ」など、合理的な通路から外れた場合は通勤災害とみなされず、労災認定が下りないため注意が必要です。
なお、日常生活上の些細な行為で、厚生労働省令で定めるものである場合は、「逸脱」「中断」の間を除き通勤とみなされます。
示談成立後は原則的に労災保険の給付が行われなくなる
相手との示談が成立した場合、その後は労災保険の支給が行われなくなるため注意が必要です。
「示談」とは、損害賠償請求権が発生した場合に、第三者との合意にもとづいて話し合いを行い、互いが納得する額に折り合うことです。ここで注意したいのは、例えば100万円の損害賠償金で示談を成立させると、それ以降に症状が悪化した場合でも、示談額以外の損害賠償請求権を放棄したとみなされることです。
なお、労災保険の受給権者である被災者等と第三者との間で被災者の有する全ての損害賠償についての示談(いわゆる全部示談)が、真正に(錯誤や脅迫などではなく両当事者の真意によること。)成立し、受給権者が示談額以外の損害賠償の請求権を放棄した場合、政府は、原則として示談成立以後の労災保険の給付を行わないこととなっています。
引用:東京労働局「示談を行う場合について」
第三者による事故では「第三者行為災害届」の提出が必要
自動車事故など、第三者による事故で労災請求をする際は「第三者行為災害届」が必要です。
これは、第三者による災害や事故の場合、損害を補償する費用の負担は、原因となった第三者が負うべきであるという考えによります。この場合の第三者とは、基本的に加害者が加入する保険会社のことです。
「第三者行為災害届」の提出により、労災保険の給付金が調整され、保険金の二重取りを防止する役割も果たします。労災申請の際は、「第三者行為災害届」を提出しないと、保険給付が一時的に差し止められる場合もあるため注意しましょう。
まとめ
通勤途中の自動車事故で、労災保険と任意保険のどちらを先に使うべきかについて解説しました。
「自賠先行」の考えがあり、職場の担当者からも任意保険を使うよう勧められる場合がありますが、労災保険を先に使うことにメリットがあるケースも多いため注意が必要です。
どちらの保険を先に使うかは、被災労働者が自由に決定できますから、両者のメリット・デメリットを理解した上で手続きを進めましょう。