業務による強いストレスが原因で精神障害を発症した場合、労災認定される可能性があります。
精神障害の発症については仕事が原因であることを証明しにくい場合も多いといわれています。
しかし、2023年9月の労災認定基準改正により、より適切で迅速に労災認定の審査が行えるようになりました。
本記事では、労災認定基準改正による変更点について、精神障害が労災認定された場合に受けられる補償や申請の流れなどもあわせてご紹介します。
Contents
精神障害の労災認定について
労災とは、労働者が業務中もしくは通勤中にケガをしたり病気になったり死亡したりすることをいいます。うつ病などの精神障害も「労災」として認められることがあるため、詳しく確認しておきましょう。
労災認定の対象となる精神疾患
ケガや病気と違い、精神障害は業務起因性、つまり「原因が業務であるかどうか」の判断が難しいのが特徴です。そのため、まずは「労災認定の対象となる精神疾患であること」を確認しなければなりません。
労災認定の対象となる精神疾患には、主に以下のようなものがあります。
- 双極性感情障害(躁うつ病)
- うつ病
- 躁病
- 恐怖症性不安障害
- パニック障害
- 対人恐怖症・社会恐怖症
- 急性ストレス反応
- 適応障害
精神障害による労災認定率
厚生労働省の調査によると、令和4年度の精神障害請求件数は2683件で、前年の2346件より300件以上増加しています。
出典:厚生労働省「令和4年度「過労死等の労災補償状況」を公表します 」
また「業務上」と認定され支給が決定した件数が710件、認定率は35.8%です。
さらに、自殺(未遂を含む)の請求件数が183件、支給が決定した件数は67件(43.2%)となっています。
近年は請求件数・決定件数ともに年々増加傾向にあり、特に令和3年度から4年度の1年間で支給決定件数が100件近く増えていることは、深刻な事態と受け止めざるを得ません。
精神障害の労災認定基準
労災認定を受けるためには、精神障害が「仕事が原因によるもの」と判断されなければなりません。
精神障害の場合はケガや病気などの労災とは別の認定基準が定められているため、注意が必要です。
まず、労災認定の対象となる精神疾患であり「発症前の約6か月間に業務による強いストレスを受けたこと」が基準の一つに挙げられます。
例えば「上司や同僚・部下とのトラブルがあった」「配置転換や転勤があった」「過度な時間外労働を行った」などの場合は、労災認定の基準を満たしていると判断される可能性があります。
さらに、業務以外で精神障害の原因になるような心理的負荷を受けていないことも、基準の1つです。
精神障害で労災を申請する際の流れ
業務上の原因があるかどうかに関係なく、精神障害が疑われる症状がある場合は、まず専門の医療機関を受診しましょう。1日も早く診断を受けて治療を開始することが、健康な心と体を取り戻すために必要です。
労災申請する際には確定診断が必須になるため、治療期間中に作成されたカルテなどがあると安心です。
医療機関による確定診断を受けた後は、所轄の労働基準監督署に申請書を提出します。
申請書に基づいて労働基準監督署による調査が行われ、調査が完了すると労災支給・不支給の通知書が本人の元へ送られてくるという流れです。
このときの調査では、本人をはじめ、会社関係者や担当主治医の事情聴取も行われます。
2023年9月の労災認定基準改正で何が変わったのか?
2023年9月、精神障害の労災認定基準が改正されました。改正により具体的に何が変わったのか、厚生労働省のパンフレット も参考にご紹介します。
また、改正点について不明点や相談したいことがあれば、最寄りの都道府県労働局に連絡するとよいでしょう。
心理的負荷評価表に具体的出来事が追加された
今回の改正による変化の1つが、業務による心理的負荷評価表の見直しです。
心理的負荷評価表には実際に発生した業務による出来事が示されていますが、ここに新しい「具体的出来事」が追加されました。
追加されたのは、次の2つの出来事です。
- 顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた
- 感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した
さらに、心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例を拡充しました。
また、これまではパワーハラスメントの内容についても改正されています。以前と比べて「蹴る・殴るなどの身体的攻撃」や「脅迫・ひどい暴言などの精神的攻撃」「仲間外れや無視」「過大な要求・過少な要求」「個人情報の暴露など個の侵害」について具体例が明記されました。
精神障害の悪化の要件が緩和された
労災認定の基準が改正されたことで、精神障害が悪化した際に「労災」と認められるための要件が緩和されたことも変更点の1つです。
改正前は精神障害が悪化する前の6ヶ月以内に特別な出来事がなければ労災認定されませんでした。改正後は特別な出来事がなかった場合でも「業務による強い心理的負荷」によって精神障害が悪化したと考えられる場合は、悪化した部分について労災認定されるようになりました。
この改正により「よほどひどい出来事がないと精神障害で労災と認められることは難しい」というイメージも大きく変わるのではないでしょうか。
ただし、本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)、業務以外の心理的負荷、悪化の態様・経緯等を十分に検討されるため、必ず認定されるわけではありません。
医学意見の収集方法が効率化された
3つめの変更点は、医学意見の収集方法が効率化されたことです。
これまで、心理的負荷が「強」であるかどうかの判断が困難なときや自殺事案などについては専門医3人の合意により決定されていました。しかし、改正後は特に判断が難しい事案を除き、専門医1名の判断で決定できるようになりました。
このことにより労災認定のための審査が迅速化し、請求手続きも簡易化されることが期待できます。
一方で、精神障害の認定のための要件は、以下の通りこれまでと変更ありません。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的 負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
あくまで上記の基準を「医師1名で判断するようになった」というのがポイントです。
精神障害が労災認定された場合に受けられる補償
精神障害が「労災である」と認められた場合には、どのような補償が受けられるのでしょうか。主な補償内容をご紹介します。
療養補償給付
精神障害が労災認定された場合、医療機関を受診し、診察や治療を受けるのにかかった費用はすべて補償されます。
治療により症状が完治するまで、もしくは完治しなくても「これ以上治療を受けても症状の改善は見込めない」と判断されるようになるまで給付が続きます。
精神障害による労災認定は審査に時間がかかるため、ひとまず健康保険を使って3割の医療費を自己負担しなければならない可能性はあります。しかし、労災認定後に別途申請すれば自己負担した分が戻ってくるため、安心です。
休業補償給付
休業補償は、精神障害により仕事を休まなければならなくなったときに受けられる補償です。
労災認定された場合は休業4日目から休業補償が給付されるため、収入減による生活苦を回避できます。給付金は、休業特別支給金とあわせて給付基礎日額の8割の金額を受け取ることが可能です。
精神障害は完治までに時間を要する場合が多いため、休業補償が給付されれば安心して療養に専念できるでしょう。
労災認定までに時間がかかるようであれば、健康保険による傷病手当を申請し、労災認定後に返還することも検討しましょう。
障害補償給付
精神障害が完治せず障害が残ってしまった場合は、障害補償給付を受けることが可能です。
障害補償給付の金額は、障害の程度に応じて以下のように変わります。
- 労務に就くことはできるものの、できる業務の内容が制限されてしまう場合は「後遺障害等級第9級」
- 多少の障害が残っている場合は「12級13号」
- 軽微な障害が残っている場合は「14級9号」
遺族補償給付
遺族補償給付は、労災認定された精神障害が原因で死亡した場合に、その遺族に対して給付される補償です。
自殺をはじめ、働きすぎによって疲労が蓄積し、脳疾患や心臓疾患を発症して死亡した場合も該当します。
精神障害により死亡するケースは年齢が若い方にも多いため、残された遺族の生活を守るための補償が必要です。
遺族補償の給付方法には年金と一時金があり、いずれも「遺族特別支給金」および「遺族特別年金」とよばれる特別支給額が加算されます。遺族補償年金を受ける遺族がいない場合は一時金としての支給となります。
葬祭給付
亡くなった被災労働者の葬祭を執り行う人に対して給付されるのが、葬祭給付です。
一般的には葬祭を執り行う遺族が支給対象になることが多いのですが、会社が葬祭を執り行う場合は会社に対して給付されます。
給付される金額は31万5000円に給付基礎日額の30日分を加えた額です。この額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、給付基礎日額の60日分が支給額となります。
まとめ
精神障害の労災認定について、対象となる精神疾患や労災認定率・労災認定された場合に受けられる補償などを詳しくご紹介しました。
精神障害はさまざまなストレス要因が関係してくるため、労災認定が難しいといわれています。
労災認定された場合は療養補償や休業補償をはじめ、さまざまな手厚い補償を受けられるようになるため、どのようなケースだと認定される可能性があるのか、よく確認しておきましょう。
2023年9月には精神障害の労災認定基準が改正され、心理的負荷評価表への具体的出来事の追加や精神障害悪化の要件の緩和・医学意見の収集方法の効率化などの変更点がありました。
精神障害による労災認定を検討されている人は、忘れずにチェックしておきましょう。