「労災保険の支給を受けている間に退職するとどうなる?」
「退職後に労災保険の申請はできる?」
労働災害にあってから、何らかの理由で退職する方は少なくありません。そこで、退職後の労災保険給付について、さまざまな疑問が生じます。
本記事では、退職後に労災保険はどうなるのか、受給している場合と、申請する場合に分けてわかりやすく解説します。
Contents
退職後に労災保険の給付はどうなる?
労災保険の受給中に、何らかの理由で退職する方も少なくありません。そこで、以下のような質問が生じます。
「現在支給されている労災保険給付は退職後にどうなる?」
「労災保険は退職後いつまで支給される?」
結論からいいますと、退職後も労災保険給付は続きます。ここでは、労災保険が退職後も継続する理由を、法律的根拠とともに解説します。
労災保険は退職後も継続する
「会社を辞めると労災給付は終了する」と考える方もいるようですが、退職後も労災保険は継続します。
労災保険の受給中に退職するケースは少なくありません。
例えば、労働災害によるケガや病気で、従事していた作業ができなくなることもあるでしょう。また、会社の倒産や定年退職などで、労働災害が発生した会社を離れることもあります。
労働災害の性質やケガ・病気の程度により、療養期間が長期に及ぶことも考えられます。退職後に労災給付が打ち切られてしまうと、労災保険の目的である「被災労働者の迅速かつ公正な保護」が不十分になります。
労災保険は、労働者災害補償保険法に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするために保険給付を行い、併せて被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図ることにより、労働者の福祉の増進に寄与することを目的としています。
引用:厚生労働省「労災保険制度の概要について教えてください。」
根拠となる法律をご紹介
労災保険が退職後も継続されることには、法律的根拠もあります。
補償を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
引用:e-Gov法令検索「労働基準法 第八十三条」
保険給付を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない。
引用:e-Gov検索「労働者災害補償保険法 第十二条の五」
上記のように、「労働基準法第83条」および「労働者災害補償保険法(労災保険法)第12条の5」で、労災保険の補償を受ける権利は、退職後も継続されることが規定されています。
そもそも労災保険の支給条件とは?
労災保険の支給条件に、「雇用関係の存続」は含まれていません。ここでは、退職後にも受給するケースが多い保険給付の支給条件をまとめます。
【療養(補償)給付】
「療養(補償)給付」は、仕事や通勤途中にケガや病気を負った際、治療費・入院費・移送費などを補償します。
仕事中の労働災害を「業務災害」と呼び、「業務遂行性」「業務起因性」の2つの条件を満たしているかが判断基準です。業務と傷病などの間に一定の因果関係があるかを判断し、労働者の私的な行為や、業務を逸脱した行為などには適用されません。
通勤途中の労働災害を「通勤災害」と呼び、出勤・退勤や会社間など、仕事のための移動を合理的な経路および方法により行っているかが判断基準です。「些細な行為」以外の逸脱または中断があると、通勤とみなされず通勤災害の対象外となります。
【休業(補償)給付】
「休業(補償)給付」は、労働災害によるケガや病気で休業する場合に、4日目から休業損害を補償します。支給を受けるには、以下の3つの条件を満たす必要があります。
- 業務上の事由または通勤途中のケガや病気による療養のためであること
- 労働できない状態であること
- 会社から賃金を受け取っていないこと
「休業(補償)給付」として給付基礎日額の60%、「休業特別支給金」として給付基礎日額の20%が、それぞれ休業日数分支給されます。
労災保険は退職後いつまで支給される?
労災保険は、労働者の退職や転職の有無に関わらず、給付条件を満たさなくなるまで支給されます。
「療養(補償)給付」は、療養のための給付を、傷病が治癒(症状固定)するまで行われます。ここでいう「治癒」とは、「傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、その医療効果が期待できなくなった状態」のことです。
傷病が治癒したと判断されても、再発や後遺障害にともなう新たな症状に備えて、診察・保健指導・保険のための処置や検査などを行う「アフターケア」が実施されます。また身体に一定の障害が残る場合は、障害の程度により「障害(補償)等給付」が受けられます。
「休業(補償)給付」も、「労働できない状態」である限り支給され、条件を満たしている間に打ち切られたり、減額されたりすることはありません。中には、「休業(補償)給付の期間は1年6ヵ月である」と勘違いしている方もいるようです。
確かに療養開始後1年6ヵ月を経過して、傷病等級表の傷病等級に該当する障害がある場合に、「傷病(補償)年金」への切替が行われるケースもあります。しかし、それ以外の場合は「休業(補償)給付」の要件を満たす限り支給は継続します。
労災中の解雇について
労働災害により休業している労働者を、会社が一方的に解雇することは制限されています。解雇制限に関して、関係する法律は以下のとおりです。
- 第十九条
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。- 第八十一条
第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
引用:e-Gov「労働基準法」
上記の法律は、「通勤災害」では適用されません。また、会社の経営状況によっては、「退職推奨」が行われるケースも考えられます。
ただし、正当な理由がない場合の一方的な解雇は不当とみなされ、無効になる場合があります。もちろん、自主退職は個人の自由で、退職の理由が労災保険給付に影響することはありません。
退職後に労災保険は請求できる?
労災保険の請求をする前に退職するケースも考えられます。「退職したら労災保険の請求ができない」と考える方もいるようですが、そのようなことはありません。
前述のとおり、退職によって労災保険給付を受ける権利が変更されることはなく、例え勤めていた会社が倒産したとしても、労災保険の申請は可能です。
ここでは、退職後に労災保険を申請する方法や、注意点について解説します。
退職後に労災保険を申請する方法
退職後も、通常どおり労災保険の申請は可能です。
労働災害によるケガや病気で、労災指定医療機関を受診する場合は、「療養(補償)給付」の申請書を病院に提出し、自己負担なしで治療が受けられます。
労災指定医療機関以外の病院の場合は、いったん治療費を自己負担して、後日「療養(補償)給付」の申請書を労働基準監督署に提出します。労災認定が下りると、かかった費用すべてが返却される仕組みです。
「休業(補償)給付」や、退職後に後遺症が残った場合の「障害(補償)給付」も、申請書を準備して労働基準監督署に提出し手続きを進めます。
退職後の労災申請は時効に注意
退職後に労災申請をする際は、給付の種類ごとに時効があるため注意が必要です。
給付の種類 | 時効期間 |
療養(補償)給付 | 療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生しその翌日から2年 |
休業(補償)給付 | 賃金を受けない日ごとに請求権が発生しその翌日から2年 |
遺族(補償)給付 | 被災労働者が死亡した日の翌日から5年 |
葬祭料(葬祭給付) | 被災労働者が死亡した日の翌日から2年 |
傷病(補償)年金 | 監督署長の職権により移行されるため請求時効なし |
障害(補償)給付 | 傷病が治癒した日の翌日から5年 |
介護(補償)給付 | 介護を受けた月の翌月1日から2年 |
勤めていた会社が労災申請に協力的でない場合
労災保険の申請書には、事業主の記載や証明を必要とする欄がありますが、勤めていた会社が協力的でない場合も考えられます。
事業主の証明欄に記入してもらえないケースでは、その旨をメモして労働基準監督署に提出することで、問題なく労災申請ができます。勤めていた会社が倒産していたり、事業主と連絡が取れなかったりする場合も同様です。
労働災害は必ず労働基準監督署に報告しなければならず、労災申請を妨害するような場合は「労災かくし」とみなされます。
退職後の労災保険に関してよくある質問
労災保険を必要とする機会は多くないため、いざ申請する状況になると、さまざまな疑問が生じるでしょう。
ここでは、退職後の労災保険に関してよくある質問を2つご紹介します。
退職後の労災保険は誰が申請するの?
労災保険の申請を行うのは、基本的に被災労働者かその家族です。
会社によっては、労災担当者が申請手続きを代行してくれるケースもあります。しかし、これらの手続きを会社がしなければならない義務はありません。
退職後も労災保険の給付が続くケースがありますが、この場合は、被災労働者自ら労働基準監督署に対して請求を行います。書類を持ち込む際は、退職により、事業主の証明をもらっていない旨を伝えて提出可能です。
退職後に労災保険と失業保険は両方もらえる?
労災保険から「休業(補償)給付」を受給している場合、退職後に失業保険をもらうことはできません。
「休業(補償)給付」は「働けない状態」が受給条件ですが、失業保険は「いつでも就職できる状態」にあり、積極的に再就職活動をする意思がある方を対象にしています。
一人親方が労災保険を使うには特別加入が必要!
労災保険は、被災労働者を退職後も手厚く補償します。労働災害にあい、かつ何らかの理由で仕事を続けられなくなった場合も、労災保険の補償があると安心です。
しかし、労災保険は労働基準法が定める「労働者」を対象にしていて、一人親方や個人事業主には適用されません。
一人親方が労災保険を使うには、特別加入団体を通して、特別加入の申し込みをする必要があります。例えば「一人親方団体労災センター」では、全国規模かつ素早い対応で、最短翌日から加入可能です。
まとめ
退職後の労災保険の扱いについてまとめました。労災保険は労働災害による損害を補償する国の制度で、退職により変更されることはなく、受給をそのまま継続したり新たに申請したりできます。
労災保険に関しては、退職後の扱いなどについて、さまざまな意見を聞く場合があります。わからないことがあれば、この記事を参考にして、厚生労働省の公式サイトや法律を確認するとよいでしょう。
また、一人親方など労災保険の対象外になる方は、特別加入制度を活用すると安心です。