業務中や通勤途中でケガを負った場合、健康保険は使えません。労働災害にあたるため、誤って健康保険を使ってしまった場合は労災保険への切り替えが必要です。
労災保険へ切り替えず、そのまま健康保険を使い続けると労災保険の補償が受けられなくなることも。
本記事では、健康保険から労災保険へ切り替える方法をわかりやすく解説します。労働災害は正確に報告し、適切な方法で治療を受けましょう。
Contents
労災保険と健康保険の併用はできない
ケガや病気の治療で普段使用している健康保険と、会社で加入している労災保険の併用はできません。
中には、仕事で大きな傷病を負ったときには労災保険を使用しますが、軽いケガの場合は健康保険で治療する方が見られます。しかし、業務や通勤が関係する傷病を負った際には、健康保険を使用できないため注意が必要です。
健康保険は健康保険法に基づいて保険給付を行うもので、その第一条には以下のように記されています。
第一条 この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(昭和二十二年法律第五十号)第七条第一項第一号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。
引用:e-Gov法令検索「健康保険法」
これに対して、労災保険は労働者災害補償保険法に基づき、アルバイトやパートなども含むすべての労働者が、業務災害および通勤災害により傷病を負った場合に必要な保険給付を受けられる制度です。
労働者が業務または通勤を原因とする傷病を負った際は、労災指定医療機関を受診して労災である旨を伝えると、自己負担なしで治療が受けられます。その後、医療機関窓口で労災保険の請求書を提出し、労災申請を行います。
労災で健康保険を使ってしまった場合の手続き
仕事中に傷病を負ったものの、労災保険のことをよく知らずに健康保険を使ってしまった場合は、健康保険から労災保険への切り替えが必要です。
労災保険への切り替えを行うにあたり、はじめに受診した病院にその旨を伝えますが、切り替えが可能であるか否かによって手続きの方法は異なります。
ここでは、健康保険を使ってしまった後で労災保険へ切り替える流れを、考えられる3つのケースに分けて解説します。
受診した病院で労災保険に切り替えられる場合
受診した病院に、仕事または通勤で傷病を負ったのに健康保険を使ってしまったことを伝えると、すぐに労災保険に切り替えてくれる場合があります。これは、初診からそれほど時間が経っていないときに考えられるケースです。
切り替えが可能である場合は、業務災害であれば「様式第5号」、通勤災害では「様式第16号の3」を病院に提出することで手続きを進められます。その際、健康保険を使って負担した治療費の3割分が返ってきます。
院外薬局で薬代を支払った場合も、同様の手続きで健康保険から労災保険へ切り替えられ、負担した3割分を返却してもらうことが可能です。
受診した病院で労災保険に切り替えられない場合
受診した病院で労災保険に切り替えられない場合は、一時的に医療費の全額を自己負担してから労災保険の手続きをする必要があります。
この場合は、協会けんぽなど健康保険の保険者へ労働災害である旨を申し出て、受診した医療機関や薬局の診療報酬明細書(レセプト)も忘れずに依頼します。
保険者から医療費の返還通知書と診療報酬明細書(レセプト)が届いたら、金融機関経由で返還額を支払います。
その後、業務災害の場合は労災保険の「様式第7号」、通勤災害の場合は「様式第16号の5」を用意して、以下の書類とともに労働基準監督署への提出が必要です。
- 病院の窓口で支払った自己負担金の領収書
- 保険者へ支払った返還額の領収書
- 保険者から送付された未開封の診療報酬明細書(レセプト)
労災認定が下りると、治療費として負担した全額が指定口座に振り込まれます。
一時的に医療費の全額を負担するのが難しい場合
一時的とはいえ、医療費の全額を負担するのが難しい場合も考えられます。
すでに業務災害または通勤災害として労災認定されている場合は、労働基準監督署へ申し出ることで一時的に全額自己負担することなく手続きを進められるため、心配はいりません。
労働基準監督署は、被災労働者から一時的に医療費の全額負担が困難であるとの申し出を受けると保険者と調整を行い、保険者への返還額を確定します。
その後、保険者から被災労働者へ返還通知書などが届くため、業務災害の場合は「様式第7号」、通勤災害の場合は「様式第16号の5」を用意して、送付された返還通知書とともに労働基準監督署へ提出してください。
なお、病院窓口で支払った一部負担金に関しては別の手続きとなるため、「様式第7号」または「様式第16号の5」をもう1枚用意する必要があります。
黙っていればバレない?労災で健康保険を使うことのリスク
- 「軽いケガなら健康保険を使えばよい」
- 「労災保険の申請が面倒」
- 「会社に迷惑をかけたくない」
などの理由で健康保険を使う方が見られます。
しかし、業務災害や通勤災害の場合に健康保険を使うことには、被災労働者と事業主の両方にとって大きなリスクがあるため注意が必要です。
ここでは、「労災で健康保険を使っても黙っていればバレない」と安易に考えるべきでない理由を解説します。
労災保険の手厚い補償が受けられなくなる
労働災害にもかかわらず健康保険を使うと、労災保険の手厚い補償が受けられなくなるリスクがあります。
健康保険では基本的に治療費の3割を負担しますが、労災保険では自己負担なしで治療を受けられます。特に、「たいしたケガではない」と思っていても、予想外に治療が長引く可能性があり、その際に治療費の3割負担が大きな金額になることも考えられます。
ケガや病気により休業せざるを得ない状況では、健康保険にも労災保険にも休業補償がありますが、健康保険の傷病手当金の受給期間が最大1年6ヵ月なのに対し、労災保険の休業補償に期間の上限はありません。
さらに、後遺障害が残ってしまうと労災保険では障害等級に応じて障害(補償)給付が受けられるなど、保険給付の内容は健康保険よりも手厚いのが特徴です。
労働災害で本来使用するべき労災保険を使わないと、手厚い補償が受けられなくなるだけでなく、その後の労災保険への切り替えなどで医療機関に迷惑をかけることにもなるため、両保険制度を正しく理解したうえで手続きをする必要があります。
事業主は「労災かくし」に問われる
労働災害にもかかわらず健康保険を使用すると、事業主は「労災かくし」に問われるリスクがあります。
被災労働者の中には、「労災保険を使うと会社に迷惑がかかる」と考え、会社に内緒で健康保険を使用するケースがあるようです。また、会社側が労災保険を使うことを拒んだり協力してくれなかったりするケースもあります。
しかし、後から労働災害であることがわかると、事業主は「労災かくし」に問われて罰則を受ける可能性があります。
労働者が労働災害により休業および死亡した場合、労働基準監督署に「労働者死傷病報告」を提出しなければなりません。これを怠ると、50万円以下の罰金に処されることになっています。
「労災かくし」は犯罪で、厚生労働省もその撲滅に力を入れていることから、労働災害による傷病は必ず労災保険を使って治療することが重要です。
労災保険と健康保険に関するよくある質問
普段の生活で健康保険を使用する機会は少なくありませんが、労災保険を使うことは滅多にないでしょう。そこで、いざ労働災害が発生すると、労災保険と健康保険についてさまざまな疑問が生じます。
ここでは、労災保険と健康保険に関するよくある質問をまとめます。
アルバイトやパートでも労災保険は適用されますか?
「アルバイトやパートは労災保険に入っていない」と考える方や、そのように事業主に伝えられる方がいるようです。しかし、アルバイト・パートなど雇用形態や勤務日数・時間にかかわりなく、すべての労働者に労災保険は適用されます。
仮に勤務先が労災保険に未加入である場合でも、労働者側には過失がないため、通常どおり労働基準監督署で手続きを行い労災保険の受給が可能です。また、事業主は過去2年分の保険料を追徴されるなど、ペナルティーを受けることになります。
労働災害の対象となるか判断が難しい場合はどうすればよいですか?
事故発生の状況やタイミングによって、労働災害の対象となるか判断が難しいケースも考えられます。この場合は、勤務先の所轄の労働基準監督署へ相談しましょう。
労災認定を行うのは、労働基準監督署です。被災労働者自身や会社などが勝手に判断して、本来は労災保険を使うべきケースで「健康保険を使ってしまった」とならないよう注意しましょう。
労災保険の対象外である一人親方の場合はどうすればよいですか?
労災保険は、労働基準法で定められている「労働者」のための保険制度で、一人親方は対象外です。労災保険の対象外である一人親方が仕事中にケガをすると、健康保険も使えずに治療費を全額自己負担しなければなりません。
しかし、一人親方も一般の労働者に準じて労災保険の手厚い補償が受けられるよう、任意で労災保険に特別加入できる制度があります。この制度を活用することで、労災保険の対象外である一人親方も、労働災害時に必要な補償が受けられるようになります。
一人親方の労災保険特別加入に関するご相談は、特別加入団体のひとつである「一人親方団体労災センター」までお気軽にお問い合わせください。
まとめ
業務中や通勤中にケガを負った場合は、労災保険を使って治療を受けるのが適切な方法です。「健康保険を使ってしまった」ケースも多く見られますが、労働災害にあたるため労災保険へ切り替える必要があります。
労災事故と判断するのが難しい場合もありますが、適切な方法を取らないことで労災保険の手厚い補償が受けられなくなったり、事業主が「労災かくし」の罪に問われたりするリスクもあるため、注意が必要です。
労働災害は正確に報告し、労働基準監督署へ相談するなど、状況に応じて適切に対処しましょう。