建設工事ではさまざまな費用がかかりますが、その一つである「安全衛生経費」は現場での安全を確保するうえで欠かすことのできない経費です。
安全確保のためにはどのようなものが必要であり、そのためにいくら予算を組んでおく必要があるのかを明確にしておかなければなりません。
安全衛生経費は経費削減などにより削られてしまいやすい項目でもあるため、経費確保のための手順をしっかりと確認しておきましょう。
本記事では、建設現場で労働災害防止対策の義務を負う人や、安全衛生経費を確保するうえでの注意点などもまとめているので、ぜひ参考にしてください。
Contents
安全衛生経費とは?
建設工事にかかる費用の一つである「安全衛生経費」とは、労働災害の防止や安全衛生の確保に必要な経費のことです。
しかし、具体的にどのような費用のことをいうのか分からない方もいるでしょう。
ここでは、安全衛生経費の意味と、確保が必要な理由をご紹介します。
「通常必要と認められる原価」の一つ
建設業者が業務を行う際には「建設業法」とよばれる法律に従う必要があります。
建設業法は建設工事の適正な施工の確保や発注者の保護などを目的とした法律で、建設業の許可に関するルールや請負契約に関する規制などについて定められています。
安全衛生経費は、建設業法第19条の3に規定する「通常必要と認められる原価」に含まれる重要な経費の一つで、建設現場において労災事故を防止するとともに、安全衛生を確保するためにかかる費用のことをいいます。
建設工事では、安全衛生経費も工事費用に含めて発注者に請求することになります。
しかし、その積算方法はさまざまであり、経費削減のために真っ先に削減されてしまうことも少なくありません。
今後は経費確保のために、安全な現場環境を整える責任の所在をはっきりさせるなど、しっかりと取り組んでいく必要があるでしょう。
参照:建設業法第19条3
安全衛生経費の確保が必要な理由
安全衛生経費を確保しなければならない理由には、建設業界における労働災害件数が高い割合を占めていることが挙げられます。
令和4年における労働災害による死亡者数774人中、建設業の死亡者数は281人と全業種の中で最も多くなっています。
また、休業4日以上の死傷者数も132,355人中14,539人となっており、全体の約9.1%を占めている状況です。
事故の型別では「墜落・転落」「はさまれ・巻き込まれ」「崩壊・倒壊」などがあり、現場の安全性を高めることはより一層の課題とされています。
使用できる安全衛生経費が明確になっていないと、安全な建設現場を作り出すための取り組みが十分にできないことにつながりかねません。
労働災害の発生を防ぐために、しっかりと取り組んでいかなければならないと考えられます。
安全衛生経費の内訳
安全衛生経費は「直接工事費」と「間接工事費」に分けられます。
双方の違いやそれぞれの内訳について詳しくご紹介します。
直接工事費
直接工事費とは、足場や支保工・作業構台など、現場での施工のときに必要な安全設備にかかる費用のことをいいます。
足場や支保工・作業構台などは安全に作業するうえで欠かすことのできないものであり、きちんと作られていないと事故の原因になりかねません。
経費削減のために途中の工程を省くようなことはせず、適切な設備のための経費確保をしっかりと行う必要があります。
間接工事費
間接工事費は備品の調達や現場以外の安全を確保するために必要となる費用のことで、共通仮設費と現場管理費に分けられます。
共通仮設費とは、現場付近に交通規制をかける際、バリケードを設置するために必要な費用や、安全管理のための人員を確保するための費用、保護具を用意するための費用のことです。
一方の現場管理費は、作業員の健康診断や特別教育・避難訓練にかかる費用のことをいいます。
建設現場では誰が労働災害防止対策の義務を負うのか?
建設現場では、下請けを含むすべての事業者が労働災害防止対策の義務を負うことになります。
それぞれの責任について具体的にみていきましょう。
事業者
事業者は「事業を行う者で、労働者を使用する者」のことです。
法人企業であればその法人のこと、個人企業では事業経営主のことを指し、事業者には労働災害防止の最低基準を守ることが法律で義務づけられています。
同時に、労働者の安全と健康を確保するために、快適な職場環境の実現と労働条件の改善などが求められます。
元請負人
元請負人は下請負人との関係でいうと、元方事業者・特定元方事業者・注文者としての債務を負うことになります。
安全衛生法では、それぞれが講ずべき措置について次のように定めています。
- 元請事業者:関係請負人・労働者に対する指導・指示、危険な場所における危険防止措置、危険時退避措置
- 特定元請事業者:協議組織の設置・運営、作業間の連絡・調整、関係請負人に対する教育への指導・援助等の措置
- 注文者:建設物等を請負人の労働者に使用させる場合の労働災害防止の措置、特定作業に従事させる場合の労働災害防止の措置、違法な指示の禁止
安全衛生経費の確保に必要な手順
安全衛生経費は曖昧になりやすく、削られることも少なくありません。
そこで、安全衛生経費の確保に必要な手順について確認しておきましょう。
元請業者が見積り条件を提示する
元請業者は、労働災害防止対策を誰が実施するのか、どのような内容なのかなどを明確にしたうえで、見積り条件を提示する必要があります。
下請人がどのような労働災害防止対策を実施すべきか、いくら使えるのかを把握しなければなりません。
また、安全衛生経費を何にいくら使うのか決めておかなければ、ずれが生じてしまう可能性があります。
見積り条件を提示する際にその点をはっきりさせておくことで、曖昧になったり結果として削られてしまったりすることを防ぎましょう。
下請業者が安全衛生経費の項目と費用の根拠を明示する
下請業者は、元請業者から提示された見積り条件をもとに、安全衛生経費の項目と費用の根拠を明確にし、正確に見積書に明示しましょう。
安全衛生経費にどれくらい予算が必要なのかを確認するためにも、経費の明示は必要不可欠です。
ただし、経費としての理解を得られやすくために、どのような作業のときに何の道具や器具があると安全なのかを明記することをおすすめします。
元請業者と下請業者が契約交渉を行う
元請業者と下請業者が契約交渉を行う際は、対等な立場である必要があります。
例え仕事を請ける側であっても、必要な経費はしっかりと主張しましょう。
安全衛生経費は「通常必要と認められる原価」に含まれるものであり、一方的に削減することは認められていません。
元請業者が提示してきた見積り条件では安全衛生経費が十分に確保できていないと思ったときは、しっかりと確認しましょう。
経費を削った結果、労災事故が起きてしまった場合は、大きな迷惑をかけることになる可能性があります。
契約を締結する
契約の締結は書面で行うのが一般的です。
電子契約も増えてきていますが、できれば安全衛生経費の実施者・負担者・内容を明示した契約書類を、双方が書面で保管するのが望ましいでしょう。
メールや電話のみで契約を済ませるようなことはしないようにしてください。
工事費の支払いについては、契約書類に明記されていない項目を後から差し引くようなことはせず、適切に対応しましょう。
また、契約書面の交付は原則として下請工事の着工前に行う必要があります。
工事内容については「工事一式」といった曖昧な記載はせず、下請負人の責任施工範囲や施工条件なども具体的に記載されているようにしなければなりません。
安全衛生経費確保における注意点
安全衛生経費の確保に際して、確認しておきたい注意点をまとめました。
負担者が不明確にならないようにする
元請負人と下請負人の役割が不明確でどちらが負担するのかがはっきりしていないと、労働災害を防止するための対策が適切に実施されなくなるおそれがあります。
また、安全衛生経費の負担について後日トラブルに発展する可能性もあるため、注意が必要です。
「安全衛生経費確保のためのガイドブック」で「元請負人と下請負人間で不明確になりやすい労働災害防止対策の例」を確認し、慎重に対応しましょう。
建設業法違反に該当しないよう注意する
安全衛生経費確保までの手順において、建設業法違反に該当するおそれのある行為には注意が必要です。
例えば、元請人が見積り条件を明示していないにもかかわらず、一方的に下請け人に対してヘルメットなどを貸与し、下請代金の支払い時に差し引いた場合は、建設業法に違反する可能性があります。
また、元請負人が、労働災害防止対策に要する費用を差し引いたことで「通常必要と認められる原価」に満たない金額となった場合なども違反となるおそれがあるため、注意しなければなりません。
参照:厚生労働省「安全な建設工事のために適切な安全衛生経費の確保が必要です」
まとめ
建設工事にかかる費用の一つである「安全衛生経費」について、確保が必要な理由や内訳・経費確保のために必要な手順などを詳しくご紹介しました。
安全衛生経費とは、建設現場において労働災害の派生を防止し、安全衛生の確保に必要な対策を行うための費用のことです。
建設業界において高い割合を占めている労働災害件数を減らすためにも、安全衛生経費の確保にはしっかりと取り組んでいかなければなりません。
本記事では、安全衛生経費の種類や労働災害防止対策の実施者とともに、安全衛生経費の確保に必要な手順や注意点もまとめているので、ぜひ参考にしてください。